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【日記 2023 02/17】朝食バイキング完全妄想チャレンジ

 会話中に相手から言葉を聞き返されてもう一回はっきり言い直すとき、ちょっとムッとした顔をする癖がある。直したい。

 ほかには、読みやすくて意味のまとまりがある文章を書けるようにもなりたい。当ブログは備忘録の目的のほかに、文章の練習としての側面を持っている。

円城塔オブ・ザ・ベースボール

 空から人が降ってくる街があり、語り手はそれをバットで打ち返すレスキューチームの一員。墜落を見かけるやいなや落下地点へ猛ダッシュしてフルスイングすることが生業である、などというナンセンスが、心のどこかでは人生の意味みたいな深い議論まで到達してるようでいて、やっぱりたちの悪い冗談でしかない気もする。語り手はいつ起こるとも知れない墜落に備えて絶えず青空を見上げていて、墜落現象がどこまでも目的や説明を欠いていることの不条理は、青空の爽やかさや恐ろしさや果ての無さと重なって見えた。

 川と街道がxy軸に見立てられたり、主人公が主人公をノートに書き付けたり主人公に書きつけられたり、ライフゲームへの言及があったりとシミュレーテッドな雰囲気もありながら、それらの道具立てによって人が降る街の不条理がことさら解き明かされるわけでもない。数理的な要素とのそのような距離感が、奇妙に感じつつも心地よかった。

朝食バイキング完全妄想チャレンジ

1.ホテルの朝食バイキングの飲料コーナーのオレンジジュースのガラスのジャーの表面のビチョビチョの水滴(から回想が始まる)。

2.オレンジジュースには氷が直に入っていて、溶け出した水の層ができている。上部がオープンなジャーなのでシャカシャカ振ることもできず、なんとなく全体をゆっくり回してたゆんたゆんさせてからオレンジジュースを注ぐ。横に並んでオレンジジュースを待っている知らない人がこれ(たゆんたゆん)を見ながら、おそらくは今日の旅程についてぼんやりと考えている。

3.コップに入れる氷をトングでガリっと掴む。氷は立方体のひとつの面だけを立方体の中心へと滑らかに凹ませた形をしている。氷は先に入れないとジュースが跳ねる。私はこのことをいつも忘れる。

4.コップの側面は円筒状にストンと落ちていて勾配がない。ストンと落とさないよう気をつけて持ちながら、席への帰りしなにバイキング全体をざっくりと見渡す。オレンジジュース、コーヒーマシン、フォークとナイフ、トレーとおしぼり、6つのスペースを持つ皿、旅の大きさのマーガリンとジャム、トーストからコーンスープを経由してベーコンエッグへ、白米から味噌汁に乗り込んで卵焼きへ、からあげと焼きそばからフライドポテトに身を投げて途方に暮れるもよし。アタマの中ではそうしたネットワークがまとまった形を持ちはじめ、視界の端の和食コーナーではユカチがわかめご飯をよそっている。

5.あらかじめ会場全体を見渡してメニューを考えてから取りに行くというのが私のバイキング・スタイルなのだが、そうした方針はユカチに言わせれば邪道なのだという。去年の旅行の朝食バイキングで熱弁するに曰く、バイキングとは食欲と迷いのはざまで絶えず揺れながら歩む一方通行の茨の道であり、その中で下した判断の成功や失敗をひとつのトレーに抱え込むことではじめて体験として完成するものなのだという。熱弁の過程で「攻略本」「プロアクションリプレイ」という言葉が出たあたりで理解を断念してしまったのだが、人間関係における相互理解の重要性それ自体を放棄したつもりはない。

6.二人がけの席に戻り、テーブルにオレンジジュースのコップを置く。ユカチが戻ってくるまで待ってから自分のトレーを取りに行ってもいいのだが、これがユカチの目には他人のメニューを判断材料とすることでますます神の視点に近付こうとする冒涜的態度に映る可能性は無視できない。というよりそもそも、お腹が空いている。立ち上がる。

7.近くのテーブルには家族連れが座っていて、子供が「ティラミスあったの」という声をあげると「手前の方にあったよ」と父親が答える。親が驚いて子供が自慢気に答えることも当然ありうる。私のバイキング・スタイルに則るかぎり、席に戻ってみんなとトレーを突き合わせる時点で初めて生じる発見や驚きというものはなく、ユカチが言いたいことはそういうことかもしれないなと少し思う。

8.トレーの塊から表面の一枚を剥がし取る。「剥がし取る」と表現するに足る粘着感を感じて妙に思うと、トレーの表面には滑り止め加工が施されている。

9.正方形を6つ組み合わせたような皿がある。ひとつひとつのセルに割り当てるメニューを考えるのはとても楽しい。この皿はバイキングにおける私達が「自分だけの方法でメニューを選び取っていること」を明確にしてくれる。それはそれでありがたいのだが、最近はむしろこいつを使わないほうがいいのではないかというのが私のバイキング・セオリーだ。というのも、よく見てみるとひとつひとつのセルは小さく浅いため、いろいろなメニューを食べたわりにはそれぞれに対する物足りなさだけが残るという経験を少なからずしているからだ。

10.浅い丸皿1枚と深さのある小皿2枚、それと箸とおしぼりをトレーに載せる。席に戻ったユカチが髪をまとめる後ろ姿が見える。バイキングが私の前に開かれている。(つづく)